大阪で唯一のモンテッソーリ教育専門のインターナショナルスクール

保護者の方に理解してほしい事

モンテッソーリ教育の普遍性

一世紀以上の時を超えて、全世界でますます普及し続けるモンテッソーリ教育には真理が存在します。モンテッソーリ教育の基本的な考え方をまとめると以下のようになるでしょう。

  • 子どもは発達を遂げるために生まれてくる
  • 子どもの発達は子ども自身でなされる
  • 子どもには自己教育力が存在する
  • 自己教育力の具体的な現れが「敏感期」 敏感期に見合った環境を整備する
  • 子どもが環境と主体的に交われるように「提示」を充実する
  • 子どもに集中現象が現れるように導く

大人の役割を理解する

何よりも大切なことは子どもと接する私たち大人がどんな役割を果たすべきなのかを理解することでしょう。
この部分に誤解や先入観がある限り、モンテッソーリ教育は継続されては行くけれども更なる普及はなかなか望めません。

モンテッソーリ教育の考える大人の役割は、「子どもを正しく理解」し、「適切な環境を用意」し、「子どもと環境を結びつけるように援助する」ことです。

「子どもを正しく理解」するとは、子どもに内在する自分自身の力で発達を遂げようとする「自己教育力」を知ることです。
この自己教育力が発揮されるべき「適切な環境を用意」することにつながります。
そして、環境を用意するだけでなく、「提示」として「子どもと環境を結びつけるように援助する」というのが大人の役割の内容です。
一般的には、多くの大人が子どもの自己教育力なんて知りません。
生まれて間もない、もしくは数年しか経っていない子どもは何にもできないのが当たり前だと思っています。
何もできないからできる大人が「教えて、できるようにさせる」のが大人の役割だと思い込んでいます。

この誤解や先入観が土台となって、大人が中心となって、
子どもに指図、指示、命令することの多い「子ども管理型」の接し方がまだまだ多いのではないでしょうか。
この大人主導から、子どもが主体となった方向へと向けていって
初めてモンテッソーリ教育が言わんとすることが理解できるようになります。

小学校に上がるまでに身に付けておきたい自発性、主体性

確かに、日本ではまだ小学校以降では教育の体制は先生が中心になって知識や技能を伝授するという教師主導型になります。
だからこそ、そういった体制でも自分を見失うことなく生きていくことができる確固たる自己を6歳までに確立する必要が出てきます。
自己の確立には自分が主体となって、自分からさまざまな事象に関わっていこうとする自発性が欠かせません。

この部分を履き違えられて、
「どうせ小学校以降が教師主導型になるのだから、その前の時期もそれに慣れるように大人が子どもに指示をして、教えて学ぶことが重要なんだ。」という考え方は誤りです。
もちろん教えていかなければいけないこともたくさんあります。
しかし、一方的に教えるばかりでは「自分で考えて、自分で判断して行動する」という主体的な生き方はなかなか身に付きません。

本来人間はこういった生き方をする生物のはずです。
モンテッソーリ教育現場では子どもに指示したり教えたりする代わりに、自由を当て、子どもに任せる中で「自分で考えて、
自分で判断して行動する」力が身に付いていくのです。
もって生まれた才能とモンテッソーリ教育を通じての経験が融合したときに、人間はすばらしい力を発揮するのでしょう。

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